JR元町駅から少し北、個性的な名店がひしめくトアウエスト。その中ほどに「日本酒バル・米屋 イナズマ」と、立ち飲み店「天麩羅ノ稲妻」が並ぶように店を構えている。手がけるのは、農業を礎に飲食事業を展開する株式会社ファイブスクエア。自社で育てた米から醸したオリジナルの日本酒を主役に2014年の開業以来、賛否を恐れずこの街で日本酒の新しい入口を広げ続けてきた。今回は株式会社ファイブスクエア 取締役の田中良氏、日本酒バル・米屋 イナズマ 店長の清水龍生氏、天麩羅ノ稲妻 店長の大津厳氏に、ブランドに込めた想いと、この街・神戸への想いを伺った。

(人物)写真左から、清水龍生氏、田中良氏、大津厳氏
1. お店を始めたきっかけ
株式会社ファイブスクエアの歩みは、神戸で営むアイリッシュパブから始まった。そして来年で20年を迎える企業でもある。転機となったのは、代表・神尾氏の実家をめぐる出来事だった。
神尾氏の実家は山口県の兼業農家。あるとき、農業を営んでいた父が地元JA(農業協同組合)の組合長になった。地域では高齢化が進み、田を作れなくなったお年寄りも少なくない。神尾家は、そうした地域の田んぼを預かり、守っていくことになる。そして、ちょうどその頃に持ち上がったのが、地元の蔵元で酒米が不足しているという話だった。
「せっかく米を作るなら」。神尾氏たちは当時、主に作っていた食用米に加えて酒米づくりに乗り出す。収穫した酒米を蔵元に全量納める代わり、その米でオリジナルの日本酒を醸してもらう。2010年に農業を始め、米ができた翌2011年、蔵元とともに、自分たちの日本酒が生まれた。
神尾氏と田中氏は、前職の飲食企業で机を並べた同僚同士。当時はおでんと日本酒を掛け合わせた取り組みも進めていたが、自分たちで日本酒を醸すようになり、構想はふくらんでいく。「どうせ日本酒を造るなら、日本酒を主役にした店を」。そうして物件を探すなかで出会ったのが、トアウエストの一軒だった。
今でこそ名店が軒を連ねるトアウエストだが、当時の夜は人通りがまだ少ないエリア。「わざわざ足を運んでもらえるような場所でなければ、そもそも日本酒を飲むきっかけは生まれない」。あえてその地を選び、「日本酒バル・米屋 イナズマ」は産声を上げた。料理は、知人の縁で出会ったシェフによる日本酒×ビストロ料理。スタートから冒険だった。
店名の「イナズマ(稲妻)」には、いくつもの意味が重ねられている。テーマは「海外から見た日本」。稲妻は“稲の妻”とも書き、雷が多く落ちる年は米が豊作になるという言い伝えがある。神棚に下がる白い紙垂(しで)の形も、稲妻をかたどったものだとされる。米作りと、日本の文化。その両方に根ざした名前だ。
やがてトアウエストは少しずつ賑わいを増し、ファイブスクエアは「イナズマ」のブランドを面で広げていく構想を描く。二軒先の角地。長くクレープ店が営まれていた場所が空いたのをきっかけに、立ち飲みの天ぷら店「天麩羅ノ稲妻」が2022年に誕生した。手ぶらで気軽に立ち寄り、揚げたてをつまみながら一杯やれる。二つのルートから入れる角地の特性も活きた一軒だ。

トアウエストに構える「日本酒バル・米屋 イナズマ」

新たに立ち上げられた一軒「天麩羅ノ稲妻」
2.こだわっていること
イナズマが一貫して大切にしているのは、日本酒をもっと身近にすること。清水氏はこう語る。
「日本酒には“意識が高い”“飲みにくい”といった固定概念が、どうしてもあると思うんです。若い方や海外のお客様も増えてきましたが、もっと気軽に、デイリーに楽しんでいただきたい。新しい飲み方や、蔵元さんの新しいお酒も出てきていますし、そういうものをお客様に届けられたら、と思っています」
その想いを象徴するのが、開業当初の取り組みから生まれた一枚のメニューだ。当時、お客様の多くが「辛口を」と注文する。ところが田中氏は、日本酒を飲んで「辛い」と感じたことがなかった。
「辛口って、いったい何だろう、と。突っ込んで聞いてみると、実はよく分からずに使っている方も多かったんです。それなら、どんな辛口がお好みなのかを聞いていこう、と決めました」
そこからスタッフ全員で、来店客が「辛口」と言うたびに「どんな辛口がお好みですか」と尋ね、返ってきた言葉をひたすら書きとめていった。3か月間、毎日続けたアナログな作業だ。集まった言葉を絞り込むと、上位には「スッキリ」「フルーティーで飲みやすい」「しっかり」「まろやかで膨らみのある」といった表現が並んだ。
もともとワインを学んでいた田中氏は、これをワインのチャートのように整理してみせる。横軸に「軽い/濃い」、縦軸に「甘みが少ない/甘みがある」をとり、日本酒を四つのタイプに振り分けた。見えてきたのは、「辛口」と言う人の多くが、実は「甘くない」を求めているということ。そして、アルコール感の強さを「ボリューム」として捉えているということだった。お客様自身もはっきりとは言葉にできない好みを、対話のなかから可視化していった一枚である。

多彩に揃う日本酒からお客様に合わせた一杯を提供(※写真は一例)
料理にも、開業当初から変わらない二本の軸がある。一つは「ブイヤベース」。初代から二代目、そして現在の作り手へと受け継がれ、それぞれの色を重ねてきた看板料理だ。骨ごとの魚をすりつぶし、魚の旨味をぎゅっと凝縮させてからトマトソースや出汁でのばす。土台までまるごと魚でできているからこそ、日本酒と驚くほどよく合う。
「フレンチに日本酒なんて、最初は絶対にありえない、と思われるんです。でも、だからこそインパクトを残したかった。実際に合わせてみると、これが本当に合う。お客様にも驚きと体験として楽しんでいただけています」
もう一つの軸が、自社農園で育てた米の炊きたてご飯だ。山口の畑で育てた米を、注文を受けてから精米して炊き上げる。農業から始まったこのブランドだからこそ届けられる、ぜいたくな一膳である。この二つだけは変えず、近年は「炭焼き」を取り入れるマイナーチェンジも重ねてきた。日本の文化や伝統を骨格に据えたいという想いから、ビストロに炭火の香りを掛け合わせ、日本酒に寄り添う創作炭焼きへと幅を広げている。

創業当時から受け継がれる名物「ブイヤベース」

日本酒とよく合う逸品も豊かな素材で彩られる
もう一つ、イナズマらしさを物語る一品が、お通しに出される“甘くないエクレア”だ。エクレールとは、フランス語で稲妻のこと。シュー生地に入る割れ目が、稲妻に似ていることが名の由来とされる。さらに、フランス料理のアミューズ(最初の小さな一皿)は、1970年代に来日したシェフたちが日本の「お通し」文化に触れ、自国に持ち帰って生まれたものだという。日本からフランスへ渡った文化を、今度は自分たちが逆輸入する。そんな、文化を行き来させる遊び心が、一皿に込められている。
一方、隣の「天麩羅ノ稲妻」では、店長の大津氏が天ぷらの気軽さを追求する。以前はコースのように一皿で提供する創作天ぷら中心だったが、大津氏は季節の素材を一品ずつ気軽に頼める、いわば串カツ屋のようなスタイルで挑む。
「『アスパラあるやん』という感じで、好きなものをメニューから選んで気軽に頼んでもらう。そういうお店にしました」
気軽さを大切にしながら、盛り付けには「立ち飲みでこれが出てくるの?」と思わせる丁寧さを込める。カジュアルな業態と、料理屋のような一皿。そのギャップを、大津氏は楽しみながら埋めている。

立ち飲み店ながら本格的な天ぷらが味わえる「天麩羅ノ稲妻」

盛り付けにもこだわりが見られる
3. スタッフとの関係で大切にしていること
スタッフ全員が大切にしているのは、「お客様を否定しない」こと。たとえばスタッフが「軽い」と感じるお酒でも、お客様が「これは濃い」と言えば、その感覚を尊重し、さらに軽いものをすすめる。そのうえで、ほんの少しだけお客様のストライクゾーンの外を提案してみる。
多くの人は「ど真ん中」を求めるが、好みは案外曖昧だったりするもの。だからこそ少し幅を広げて提案してみると、お客様は「知る楽しみ」に出会い、いっそう楽しそうに飲んでくれる。そうするとやがて「任せるよ」と言ってもらえるようになる。こうした関わり方をスタッフは日々磨いているという。
その土台にあるのは「全員が初心者からスタートした」ということ。スタッフは皆でお酒をテイスティングし、チャートのどこに置くべきかを、理由とともにプレゼンし合う。一番うまく言葉にできた人の意見が採用される。熱燗の面白さに目覚めるスタッフが出てくるなど、学びを共有し合う文化が生まれた。
田中氏は飲食業の根幹を「ファンを増やすこと」だと語る。
「こう言うと誤解されがちなんですが、僕らは儲かることがすごく嬉しいんです。でもそれは、人気者になるということ。ファンができているからこそ、お客様が来てくれるからこそ儲かる。儲けると儲かるは、まったく違う言葉だと思っています」
また、天麩羅ノ稲妻ではアルバイトスタッフが4名在籍しており、営業は基本2名体制で行う。キッチンが狭いため調理は大津氏がほぼ一人で担い、アルバイトスタッフはお客様と距離の近い接客を受け持つ。ただ、ビールサーバーは店の外にあるため、混み合うときは常連客には自分で注いでもらうことも。「ちょっと自分で入れていい?」そんなラフで楽しい距離感が、この店の魅力になっている。
その大津氏自身、ファイブスクエアに加わった決め手は「一店舗をまるごと任せてもらえること」だった。昨年に東京から神戸へ引っ越す際、仕事を調べていたとき、お店の雰囲気と任せてもらえる環境に惹かれたという。「技術はある程度学んできたので、経営やマネジメントを学びたかった。社長と話していて、それを学ぶことができる雰囲気を感じたんです」。と楽し気に語ってくれた。

スタッフとの日本酒談義も楽しめる「日本酒バル・米屋 イナズマ」の店内
4. 印象に残るお客様とのエピソード
開業からの数か月は、決して順風満帆ではなかった。人通りの少ない立地で、会社としても店としても、結果を出さなければいけない時期。そんなとき、店を救ったのが一本のテレビ取材だった。
地元の番組で日本酒を愛するコメンテーターが、ビストロ料理と日本酒という珍しい組み合わせを取り上げてくれたのだ。放送をきっかけに、たくさんのお客様が足を運んでくれた。そこから雑誌の取材が続き、店はいつしか満席が当たり前になっていく。「あの番組がなければ、今はなかったかもしれません」。田中氏たちは、今も感謝の気持ちを忘れない。
もう一つ、清水氏の心に残るのは、ある再訪の物語だ。日本酒バル・米屋 イナズマには、来店の間隔が長いお客様も多い。2か月に一度、半年に一度。なかには、10年ぶりに訪れた人もいた。
「今は東京にお住まいで、久しぶりに神戸の友人と会う機会があって、この辺りを通りかかったから、と立ち寄ってくださったんです。面識はなかったのですが、『10年経っても、ここで飲む日本酒がやっぱり一番おいしい』と言ってくださって。それは本当にうれしかった」
周囲に日本酒を扱う店が増えた今もなお、変わらず選ばれ、思い出してもらえる。「ここで日本酒を飲みたい」と足を運んでもらえることに、清水氏は店の存在意義を見いだしている。
5. これからやってみたいこと
清水氏がまず見据えるのは、日本酒をもっと多くの人に浸透させていくこと。その先で描くのは「稲妻ブランド」のさらなる広がりだ。
田中氏は「すべての稲妻が同じである必要はない」と考えている。文化や伝統という骨格はしっかりと持ちながら、中身は店ごとに変えていい。和菓子やおはぎ、寿司。まだ絞り切れてはいないが、「もう一つ、面白いことができたら」と構想はふくらむ。そこには、代表である神尾氏が続ける農業、すなわち日本の食材への眼差しがある。
そして視線は神戸の外にも向く。「稲妻は、県外、さらには海外へ出るべきだと思っているんです」と。スタイリッシュな天ぷらと日本酒が並ぶ店は、たとえばニューヨークのような街にこそ似合うのではないか。7〜8年ほど前、ロサンゼルスへ視察に出かけ、現地のオーナーから事業の現実を学んだこともあるという。デベロッパーと組むようなかたちも視野に入れながら、「面白いことをやりたい人は、いつでもウェルカム」と田中氏は笑う。
その背景には、「胃袋を満たすことは、いずれAIやテクノロジーでも担えるようになる」という田中氏の読みがある。だからこそ、自分たちが勝負すべきは、五感で感じてもらう体験価値だ。
6. この街「神戸」への想い
まずは大津氏が感じたことから始まる。「すごくいい街だな、と思うんです。ものすごい都会というわけでもないのに、車で30分も走れば自然がある。子どもを連れて散歩していると、自分の店の前を通ったりして。この街で、これからも働いていきたいなと思っています」
神戸はコンパクトで、隠れた魅力がたくさんある街だ。神戸空港の国際化が進み、海外からの来訪者も増えてきた。長く続けるアイリッシュパブには、市内の企業で働く外国人たちも、代替わりしながら通ってくれているという。
一方で田中氏は前向きな課題を捉えていた。「神戸の人が、神戸で行きたくなる地元の店を、もっと作りたい」。案内したくなるような、活気あるお店を自分たちの手で増やしたい。それは、この街をともに盛り上げていきたいという願いそのものだ。清水氏も「まずは神戸の人に楽しんでもらい、その先へ」と言葉を継ぐ。
米農家が醸す一杯から始まり、文化を研究し、賛否を恐れずに日本酒の入口を広げてきたイナズマ。元町・トアウエストに灯したその光を、ファイブスクエアの仲間たちは次の街へと届けようとしている。
■店舗情報
店名:日本酒バル・米屋 イナズマ
住所:兵庫県神戸市中央区北長狭通3-10-1 KSビル 1F
【営業時間】
18:00~23:00(L.O. 料理22:00)/不定休(年末年始等)
定休日:不定休(Instagramご参照ください)
予算:夜¥4,000~¥4,999
席数:34席(カウンター席あり)
https://tabelog.com/hyogo/A2801/A280102/28042842/
店名:天麩羅ノ稲妻
住所:兵庫県神戸市中央区北長狭通3-10-1 クロスビル 1F
【営業時間】
月~金 17:00~23:00
土・日 15:00~23:00(L.O. 料理22:00)
祝日 15:00~翌0:00(L.O. 料理22:00)
定休日:不定休(Instagramご参照ください)
予算:¥2,000~¥2,999
席数:20席(立ち飲み)













