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【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。

JR元町駅から歩いてほど近く、北長狭通にある「堂源」。福井に生まれ、京都での生活を経て神戸へ。店主の東野ともえさんが、十割・九割の蕎麦を打ち続けている店だ。掲げるのは、師匠から受け継いだ味。近年は爽やかな見た目が人気の「すだち蕎麦」でも知られ、食べログ「そば WEST 百名店」にも選ばれている。
開業から十二年、地元のお客様はもちろん、海外から訪れるお客様も少なくない。一杯の蕎麦に覚悟を込める東野さんに、店への想いと、この街・神戸への想いを伺った。


【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

「堂源」店主 東野ともえさん



1. お店を始めたきっかけ

福井で生まれ育った東野さんにとって、蕎麦は日常的な食べ物だった。「福井は蕎麦の産地だったので、よく食べていました。だからこそ、本当においしいものと、そうでないものの違いが、自然と分かるようになっていったのかもしれません。」

京都での生活から一転、神戸へと移り住んだ。三十代を前に「自分に向いている仕事は何か」を真剣に考えるようになる。たどり着いた答えは、「大勢の中で働くより、一人でやる方が自分には向いている」ということ。そして選んだのが、蕎麦の道だった。

背中を押したのは、神戸にある老舗バーのマスター。「蕎麦屋さんで修業してみたい」と相談すると、返ってきたのは「じゃあ今すぐ行っておいで」のひと言。半ば送り出されるように、東野さんは一軒の蕎麦屋「堂賀」の門を叩く。ただそこは、弟子を取らない店だった。それでも「生きていくために、本気で学ばせてほしい」と頭を下げ、修業が始まった。

給料を求めるでもなく、ただ技術を身につけるためだけに通った日々が過ぎ、店に残る道も考えたが、最終的には独立を決意した。
蓄えも、当てになる物件もないところからのスタートだった。周囲の助けも借りながら開業資金のめどをつけ、自分の足で物件を探した。決め手になったのは、かつて手伝いをしていた縁のある今の場所。そして、そこに長く居着いていた一匹の地域猫だった。街のボスのような存在感も、東野さんの心を動かしたという。「あの子がいるなら、ここにしよう。最後はそう思えたんです。」

「人生の次の一歩は、誰も代わりに踏んではくれない。自分で決めるしかないんです。」資金集めも物件探しも、一人でやり遂げた。女性が一人で蕎麦屋を切り盛りする。周囲の多くは「すぐ潰れる」と思っていたそうだ。その声を東野さんはこれまでの歳月で、静かに覆してきた。


【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

ゆったり食事ができる少し広めのカウンター




2.こだわっていること

東野さんのこだわりは、いたって明快だ。師匠から受け継いだ味を絶やさないこと。「私がやっていることは、ベースがすべて師匠から教わったもの。それを、ただ守り続けています。」

使うのは、故郷・福井産のそば。師匠が打っていた九割そばと、師匠が教えてくれた十割そば。堂源では、この二つを必ず用意する。


十割も、九割も

「十割でなければ、とおっしゃる方もいますが、九割が劣るわけでは決してありません。むしろ食感が変わって、私もスタッフもこちらが好きなくらいなんです。」グルテンフリーを望む人には十割を、そうでなければ食感の違いも楽しんでほしいと九割をすすめる。ただ十割は、数多く打てない。そのため、一組につき一食ほどを目安にしているという。「九割も十割も、おいしく打つ難しさは一生ものです。」とどこか楽しげに語る。

【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

数量限定の田舎十割蕎麦



値段が上がっても、同じものを

十年以上、蕎麦の打ち方は何も変えていない。一方で年々頭を悩ませるのが、食材の高騰だ。椎茸をはじめ、出汁を支える素材の価格は上がり続けている。それでも「値段が上がっても、使うものは同じ。そこは変えません。」師匠から受け継いだ味を守るため、東野さんは妥協しない。仕込みは今も、すべて自分の手で行う。「出汁を引くことだけは、絶対に人には任せられないんです。」


「すだち蕎麦」と、彩りへのこだわり

堂源を語るうえで欠かせないのが、夏の名物「すだち蕎麦」。実はこれ、師匠は作っていなかった一品だという。もともと別の店の看板メニューだったため、師匠はあえて手を出さなかった。「でも、見た目も涼しげで、本当においしい。だから私は出します、と。」テレビで紹介されたこともあってさらに人気に火が付いた。

盛り付けにも、東野さんらしさが現れる。具材をあれこれ乗せるのではなく、一つの素材を惜しみなく、皿一面に敷き詰める。すだちはぎっしりと、美しく。「青葱蕎麦」も分かりやすく青葱をたっぷりと使った一杯だ。「種類を乗せて差をつけるのではなく、一面に、たっぷりと。そこで違いを出したいんです。」


【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

皿一面にすだちを敷き詰めた「すだち蕎麦」



【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

青葱がどっさり乗せられた「青葱蕎麦」




3. スタッフとの関係で大切にしていること

開業当初はそれこそ、一人で切り盛りしていたお店だが、今では男性一名・女性三名、計四名のスタッフが東野さんを支えている。平日は一人、あるいはスタッフと組んで。忙しい日は、母が「今から手伝う」と駆けつけてくれることもあるという。

思わぬ縁から生まれる採用もあった。今いるスタッフの一人は、近所の店で軽くお酒を飲んでいた時に居合わせた青年だった。人手が足りないと話すと、「働きたい」と志願してきた。面接で強気に語る彼に、東野さんは厳しく諭したという。それでも、会話のキャッチボールができる誠実さを見て、採用を決めた。

東野さんが何より大切にするのは、「なぜそうするのか」を伝えることだ。「理由が分からなければ、人は動けませんから。」接客一つをとっても、ただ「こうしなさい」ではなく、お客様がどんな思いでお金と時間を使って来てくれるのかを、時間をかけて話す。「お客様は、稼いだお金と貴重な時間を割いて、期待して来てくださる。だからこそ、気持ちよく入って、気持ちよく帰っていただこう、と。」

馴れ合いではない。「仕事ができれば給料は上がるし、できなければ上がらない。それだけのことだよ、と話します。」厳しくも聞こえる言葉の根っこにあるのは、若いスタッフへの願いだ。「二十代のうちにいろいろ経験しておかないと、後では取り返せない。彼らがこの先どこへ行っても通用するように、と思っているんです。」我慢することの意味も、人との向き合い方も。堂源で働く時間が、いつか彼らの財産になればと願っている。

「周りにいる人は、自分の鏡なんです。自分が変わろうとすれば、周りも変わる。誰かに変えてもらうのではなく、自分の気持ちで変えていく。お店も、そうやって続けていくものだと思います。」


【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

4名まで利用できるテーブル席




4. 印象に残るお客様とのエピソード

数えきれない出会いの中で、東野さんが語るのは、自身が体調を崩したときのことだ。昼も夜も店を開け、無理を重ねていた時期。手術と入院が必要な状態になっても、長く休む勇気がなかなか持てなかった。それは一人で店を切り盛りすることによる重圧だった。

そのとき背中を押してくれたのが、常連客たちだった。「『あなたが休んでも、お客さんは必ずまた来るから』と言ってくださって。その気持ちに、初めて甘えてみようと思えたんです。」東野さんは手術を受け、ひと月ほどの休養を経て、再び元気に厨房へ戻った。地域の人、近隣の店の仲間。一人で歩んできたつもりが、いつのまにか支えてくれる人たちがいた。「本当に助けてくれる人は、必ず現れるんですね。」

築いてきたのは、派手な人脈ではなく、地に足のついたつながりだ。近年は、口コミを頼りに訪れるお客様も増えた。堂源を目当てに足を運んでくれる人もいる。一杯の蕎麦が、思いがけず遠くの誰かと自分を結んでくれる。その手応えが、東野さんの励みになっている。



5. これからやってみたいこと

東野さんには、長くあたためてきた願いがある。昼だけでなく、夜も店を開けることだ。「せっかく場所を借りているのに、今は数時間しか開けられていない。もっと上手にお店を動かせたら、と思うんです。」

ただ、夜の営業には難しさもある。開けたい気持ちと現実の間で、東野さんは今も思案を続けている。「夜は開けたいけれど、開けられない。その気持ちを、いつか何とかしたい。」具体的な構想もあるようだが、「まだ言えません」と笑う。近い未来には実現させたい。そんな夢だ。

もう一つ、心に残してきたのが「子ども食堂」への思いだ。「蕎麦を食べたくても食べられない子たちに、出してあげたい。」今の自分には難しいと感じてはいるものの、その根っこにあるのは、変わらず誰かのためにという気持ちである。「まずは、この店を続けること。そして、おいしい蕎麦を、しっかり届けられるよう頑張りたいです。」


【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

日々この場所で丹精を込めた蕎麦が作られる




6. この街「神戸」への想い

福井から京都、そして神戸。各地を渡り歩いてきた東野さんは、神戸という街を、少し離れた視点で見つめている。「兵庫の方は、地元から動かない人が多いんです。みんなが顔見知りで、その輪の中はとても居心地がいい。」

一方で、こうも感じている。「人口は減っていて、観光で歩いて回れる場所もそこまで多くはない。海はあんなにきれいで癒されるし、隠れた魅力はたくさんあるのに、もったいないんです。」神戸は、自分にとって隠れた良い場所なのだと、東野さんは言う。

だからこそ、街には変わっていってほしいと願う。「誰かが先を見て動かないと、ここに住む人はもちろん、食べに来てくれる人も、減っていってしまう。」それは自分のためではなく、これから生きていく若い人たちのためだ。一緒に働くスタッフにも、よくこの話をするという。

縁あってたどり着いた神戸で、東野さんは「堂源」をとても大切に育ててきた。「絶対に潰したくない。低迷する時期は何度もあるけれど、それでも続けていく。」開けると決めた日には必ず店を開ける。来てくれる人のために、そばを打ち続ける。その覚悟が、師匠から受け継いだ一杯を今日も静かに支えている。


【神戸特集vol.5】元町「堂源」がつなぐ、師匠ゆずりの一杯。一人で打つ蕎麦に込めた覚悟。|フードスタジアム関西

店名:堂源

住所:兵庫県神戸市中央区北長狭通3-11-17 ベルズコート2F

【営業時間】
火・水・木・金・土・日/11:30-15:00(売り切れ次第閉店)
月/定休日(祝日の場合は営業)

予算:昼¥1,000~¥1,999

席数:10席(カウンター6席・テーブル4席)

https://tabelog.com/hyogo/A2801/A280102/28042600/

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