三宮から少し東にある落ち着いた街並み、神戸市中央区東雲通。鶏から揚げ専門店「きしから」を手がける、株式会社S&C Factoryの本社とセントラルキッチンは、ここに構える。フルーツ醤油ダレに30時間漬け込んだ唐揚げと、山口県の契約農家から届く米を美味しく炊きあげた、ほくほくのご飯。おかわり2回無料の定食を求め、昼夜問わず席が埋まる。社名の「S&C」はSmile & Comfort——「笑顔と癒しを創り出す」。徳島から神戸へ、居酒屋から唐揚げ専門店へ。何度も原点に立ち返りながら、しっかりと地に足をつけ踏ん張ってきた、代表取締役の岸章公氏。味に込めた想いと、この街・神戸への想いを伺った。

株式会社S&C Factory 代表取締役 岸章公氏
1. お店を始めたきっかけ
岸氏の実家は徳島県。両親は共に飲食店を営み、家はいつも忙しかった。「薄利多売というか、いいときはいい、という商売を間近で見てきました」。だからこそ選びたかったのは、別の道。大学を卒業し、憧れていたアパレル業界へ進む。
ところが、卒業の年は過去最大と言われた就職氷河期だった。生活のために飲食のアルバイトを始めると、思いがけない感覚が芽生えてくる。
「アパレルで仕事をしているときより、なぜかこっちのほうが性に合う。楽しいんですよね。何かがしっくりきたんでしょうね」
両親を見て育ったからこそ分かる、商売の手ざわり。どうすればお客様に喜ばれ、その結果として商いが立つのか。それは「三方よし」という言葉に近い感覚だったと振り返る。
そこからの切り替えは早かった。20数年前、勢いに乗っていた飲食企業へ再就職。280円・380円均一という、いまの大衆酒場のはしりのような業態。社長は元フレンチのシェフだったという。店舗はトントンと増え、岸氏も店長として、やがて役職者として、新しい店を次々に立ち上げる日々を10年近く過ごす。また、この会社で机を並べた同僚は本特集vol.8に登場した田中良氏と、株式会社ファイブスクエア代表の神尾氏でもある。
やがて結婚し、子どもが生まれる。岸氏は一度この会社を離れ、他の外食企業へ移った。だが、あれほど楽しかった飲食が、様子を変えてしまった。
「本当に、お客様を見れなくなったというか」
独立を夢に描いていたわけではない。それでも「せっかくここまで飲食を経験したのだから」と、一度勝負に出ることを決める。背中を押したのは妻の言葉だった。「失敗したら、田舎で細々と生活したらいいやん」。
2008年、神戸・岩屋。阪神沿線の下町だが、当時住んでいた街でもあったこの場所で、自分が「楽しい」と感じたあの大衆酒場を自らの手で始めた。
「自分が好きになった原点に立ち返りたい、戻りたいという思いと、あのとき認められたり、褒められたり、結果が出たりしていた感覚をここで振り返ることができれば、きっとお客様がついてくれるんじゃないか、と」
滑り出しは順調だった。だが次に待っていたのは「飲食」ではなく「経営」の壁。仲間と共同で複数店舗の展開に踏み出したものの、思うようにはいかない。「今考えると、勉強不足、知識不足、考えの浅さ。理由はいろいろあるんです」。一度たたみ、また原点の一軒へと戻る。なぜ自分は飲食を始めたのか。何が大切なのか。学びながらの再出発だった。
その一軒のまわりには、鉄鋼や住友グループの企業が並んでいた。「昼もやってほしい」という声は、以前から届いていた。顧問税理士にも背中を押され、「やることをやって駄目なら、仕方がない」と腹を決める。居酒屋メニューの中にあった唐揚げを前面に押し出し、昼は唐揚げ定食の軽食営業を始めた。——これが、すべての始まりになる。
同じ頃、経営を学ぶなかで一つの言葉が胸に刺さった。「貢献」という言葉である。
「小学生の頃から知っている言葉なのに、自分の仕事に対するマインドの中には、ほぼなかったんです」
好きな食べ物は唐揚げだった。かつて世話になった社長に「いつか唐揚げの専門店をやりたい」と話したとき、「唐揚げは主役にならないから無理だ」と言われたこともある。それでも岸氏は「唐揚げで失敗した店を見たことがない」と思い続けていた。当時、唐揚げの専門店はまだ珍しかった。そこへ、共働きだった妻の「家では揚げ物をしたくない。手軽にテイクアウトできると助かる」という言葉が重なる。お酒離れ、労働人口の減少、共働き世帯の増加。社会の課題と「貢献」が、頭の中でポンとつながった。
2015年4月、三宮に1号店「キッシーの鶏からあげ」が誕生する。やがて常連客がこれを「きしから」と略して呼びはじめ、その愛称が2店舗目以降の店名になった。

一人でもグループでも食事がしやすい広々とした空間
2.こだわっていること
一番のこだわりは、はっきりしている。「ご飯に合う唐揚げ」であることだ。
居酒屋時代に出していた唐揚げは、骨付きでスパイスの効いた、酒に寄り添う一皿だった。それも間違いなくおいしい。ただ、ある出会いが視点を変えた。ビールメーカー出身で、コンビニエンスストアの商品開発にも携わった経験を持つ人物と話していたときのことだ。骨付き・スパイス系の唐揚げを商品化したものの、思うように売れなかったという。
「あれは、米には合わないんですよ」。笑いながら交わされたその一言が、深く残った。
「僕は唐揚げが好き、と言っていたけれど、突き詰めると、僕の好きな唐揚げは米に合うからなんです」
定食にして出してみると、酒に合わせた味付けはどうしても塩分が強い。そこから、長く一緒に働いてきたスタッフとともに、ああでもない、こうでもないと試作を重ねる日々が始まった。あれを入れてみよう、これを入れてみよう。行き着いたのが、フルーツ醤油ダレである。30時間かけて熟成させる、今の「きしから」の土台になった味だ。
原点は、徳島の住宅街にあった一軒の唐揚げ弁当だった。両親が忙しかった岸氏と妹が、「あそこがいい」と自ら選んで食べていた味。店はもう残ってはいないが、記憶をたどるように味付けと衣の食感を踏襲した。妹にも「あそこの味が好きだった」と確認を取ったという。
衣は片栗粉を主体に、フルーツ醤油ダレと卵をまとわせる。揚げるとまわりが軽く花のように立ち、旨みがそこに集まる。「フルーツの天かすみたいなイメージ」と岸氏は表現する。知り合いのお母さんたちから「子どもがこれを食べると顔をほころばせる」と聞いたときは、うれしかった。

フルーツ醤油ダレで30時間熟成させた自慢の唐揚げ
揚げ油にも目を配る。油には味がつく。だから使い始めよりも、少し使い込んだ中盤あたりがいちばんおいしい。仕込みはセントラルキッチンで一括して行うが、それでも店ごとに味は少しずつ違う。「家でポテトフライを揚げても、あの店の味にはならないでしょう。それと同じなんです」。
そして、ご飯。米は、前職の同僚が山口県で手がけるものを直接仕入れている。精米はぎりぎりのタイミングで。水分量まで教わるうちに、岸氏自身も米に詳しくなった。口コミに「唐揚げはともかく、お米がおいしい」と書かれたときは少し複雑だったと笑うが、それも誇りだ。
ご飯のおかわりは2回無料。以前は料金をいただいていたこともある。改めたきっかけは、知人の経営者からの一言だった。「いくらでも食べてもらったらええやん」。想定するお客様は、30〜40代の働き盛りの方々。「その人からしたら、そりゃおかわりできるほうがいいやん、と」。ここでも、判断の軸は「貢献」だった。

一つ一つの食材もしっかりこだわった定食
日本唐揚協会主催の「からあげグランプリ」には2016年から参加し、醤油ダレ部門で連続して金賞を受けている。きっかけは、同じ道を歩む先達からの紹介だった。この賞はお客様の推薦票がなければ受賞できない仕組み。「すでにファンになってくださっていた方々の応援が、いちばんの力です」。
一方で、最高金賞にはまだ届いていない。「1店舗で味を突き詰め続けるスタイルのお店のほうが、当然印象に残りやすいですから」。多店舗で展開する自分たちは、一つの味を極めることよりも、お客様が買いやすいようにコンテンツを広げることにこだわってきた。心が折れかけた時期もあると率直に語りながら、その方向を選ぶ理由は明快だ。「もっと多くの人に、社会に、貢献を広げていきたいんです」。
その象徴が、店舗のファサードだ。「きしから」は全店に、店内の入り口とは別に持ち帰り専用の小窓を設けている。イメージしたのは、昭和のタバコ屋。きっかけは、やはり妻の言葉だった。「子どもを乗せた自転車を止めて、鍵をかけて、子どもを連れて店内に入るのが面倒」。それなら、自転車を止めたまま、子どもを視界に入れながら注文できたらいい。お客様のちょっとした要求を見つけて形にする。——それが、この会社の作法である。

お持ち帰りコーナーの小窓は全店に設置されている
3. スタッフとの関係で大切にしていること
パート・アルバイトを含めると、スタッフは200名ほど。全員と日々顔を合わせるのは難しいため、大きな催しの場を設けることもあるという。岸氏が伝え続けているのは、社名そのものに込めた理念だ。
「みんなは『唐揚げ屋で働いている』『唐揚げを提供している』という言い方をするかもしれない。でもそうじゃなくて、お客様に笑顔と快適さ・癒しを提供しているんだよ、と。それができているという自負を持ってほしいんです」
その裏付けとして、岸氏はよく「貢献度」の話をする。年に一度、特別なお店で数万円を使う人もいるが、年に一度も行かない時もある。一方で「きしから」には、週に一度足を運んでくれるお客様が大勢いる。年間だと三、四万円以上を託してくれていることになる。
「人に対する貢献度は、めちゃめちゃ高い仕事をしているんです。だから誇りを持って頑張ってほしい」
家で揚げ物をしなくて済む。献立が一品減るだけでも、家族の負担は軽くなる。揚げたてはその場で食べるのがいちばんおいしいし、さっと持ち帰れる。日常のなかに差し込まれた小さな余白が、明日の活力につながっていく。
そして、持ち帰りの小窓に立つ仕事は、決して端の仕事ではない。岸氏はそれを公言している。実際に、こんな出来事があった。口コミに、あるスタッフの名前が挙がったのだ。車椅子でご来店されたお客様に、スタッフが傘を差してお車まで付き添ってあげたという。
「店内飲食だけのお店だったら、なかなか生まれなかったシーンかもしれません」
デリバリーも含め、お客様と接する入口を増やしてきたからこそ、生まれる場面がある。当たり前に流れていくことのなかにも、ありがたいと思えることがある。
もう一つ、岸氏が大切にしているのは子どもたちだ。家族連れのお客様、親御様はもちろん、子どもにも心を尽くす。
神戸市の中学生の職場体験「トライやる・ウィーク」も、基本的には受け入れるようにしている。子ども達に「昔から食べてます」と言われたら泣いてしまうかもしれない、と笑いながらも、感慨深い表情を浮かべる。

気軽に食べて帰ることのできる雰囲気はお一人様にも最適
4. 印象に残るお客様とのエピソード
忘れられない一言がある。町を歩いていたとき、すれ違った人の会話が、たまたま耳に入ってきたのだ。
「今日のご飯は『きしから』でいいやん」
特別なものでもない。かといって、手軽さだけを優先して味を後回しにしたものでもない。日常の一部として溶け込み、間違いのない食べ物として、受け入れてもらえているからこその言葉だと、岸氏は受け止めた。
「そういう存在でいたいんです。『きしからでええやん、今日は』ぐらいの」
知り合いのお母さんたちから「子どもが顔をほころばせる」という反応も、忘れがたい。作り手が意図した衣の軽さや旨みの集まりを、無意識のうちに言い当ててくれている。その表現がうれしかった。
突き詰めれば、からあげグランプリの受賞は、お客様のそんな一言や一票から生まれている。「こっちのほうがおいしいよ」と言ってくれる人がいなければ、賞には届かない。積み重ねてきた日々が、票という形で返ってきた瞬間だった。
5. これからやってみたいこと
岸氏が見据える目標はシンプルでいて、とても大きい。それは「文化になること」だ。
たとえば神戸の人にとっての、ラーメンのローカルチェーン店。県外から友人が来ると、みんなが調べて「あそこに行きたい」と言う。けれど地元の人はそこまで特別なものだと思っていない。それでも、みんなの生活のなかに確かにある。
「何にも考えず食べに行く。大人の考え方で言えば、それが文化なんだと思うんです。生活のローテーションに、気づかないうちに組み込まれている。そこまで行き着くことが、今は目標ですかね」
だから目指すのはローカルチェーンであり、「神戸発祥の店」であること。会社としては2034年までに兵庫県内25店舗の計画を掲げ、現在は12店舗を展開する。2025年秋には、ハンバーグ専門店「ハンバーグの大福」も立ち上げた。5年内に2業態から3業態へ、という10年ビジョンも描いている。
そのハンバーグ店を考えたなかで、岸氏はあらためて気づいたことがあるという。
「唐揚げが好きだと思っていたけど、結局、お米が好きなんですよ、多分。深層心理まで突き詰めたら、そこにあったのはご飯だったんです。気づくのが遅いかもしれないですけどね」
米はいつもそこにいる存在で、当たり前すぎて、好きだと言葉にしなかった。ちなみに神尾氏と定食屋に行った際は、注文がほとんどかぶらないのだそうだ。神尾氏はタレの効いた焼肉定食やハンバーグ、岸氏はいつもサクッカリッとした揚げ物。心のどこかで、それぞれの「ご飯に合うもの」が違うのだと笑う。
会社のビジョンは「笑顔と癒しを創り出す」ことだから、飲食以外でもコミットできるものがあれば取り組んでいきたい。ただ、飲食は職場に文化が宿る仕事だと岸氏は考える。地域活動も学校活動も、できるだけ手を挙げていく。
「自分の場所はここに置いておかないと、できないこともあるんだろうなと思いますね」
一生、飲食人でありたい。その覚悟が、静かに言葉の底に見えた。
6. この街「神戸」への想い
徳島から出てきて、いまや神戸のほうが長い。理由は仕事だけではないと、岸氏は言う。
「神戸で楽しい時を過ごさせてもらった、というのがいちばんですよね。居心地もよくて、住みやすい環境でしたし。いちばん多感な時期を、神戸が支えてくれたというか」
だから、いまやっていることは「あの頃のお返しをするような形なのかもしれない」。ファッション雑誌をめくって憧れた空気感。海沿いの景色。かっこいい神戸が、確かにあった。
一方で、率直な危機感も口にする。元気がなくなってきているのではないか、と。「神戸の良さ、と言いすぎて、逆に神戸の良さが薄れてきたのかもしれない。少し閉鎖的になりすぎた部分もあるかもしれないですね」。事業に体力がついてきてから、街の会合にも顔を出すようになった。全体的に等しく、街が盛り上がってくれたら——その願いに、内と外の区別はない。
「神戸だけが人口を抱えてよくなることを望んでいるわけではないんです。外から来た人が『来てよかったな』と思える街であることも、大事だと思う」
そしてもう一つ、岸氏には譲れない原点がある。街そのものだ。最初の一軒を開いた岩屋には自ら住み、町並みの移り変わりを見てきた。近隣の店主や地域の方々と付き合いを重ね、いまも助けられている。
「原点は街です、間違いなく」
神戸の人にとって、当たり前の存在になること。その立ち位置を築き、続けられるよう歩み続けたい。徳島の住宅街で食べた唐揚げ弁当の記憶から始まり、原点に立ち返るたび強くなってきた想いは、「今日のご飯は、きしからでいいやん」の声とともに、この街の日常に溶け込もうとしている最中だ。
■会社情報
会社名:株式会社S&C Factory
代表者:代表取締役 岸 章公
所在地:〒651-0079 兵庫県神戸市中央区東雲通6丁目1-17
創業:2008年6月18日
設立:2016年11月1日
企業理念:「笑顔と癒しを創り出す」
事業内容:鶏から揚げ専門店「きしから」、ハンバーグ専門店「ハンバーグの大福」の運営/セントラルキッチンでの食品製造













