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インタビュー

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活車海老を破格で提供し、人気を確立した立ち飲み店「わすれな草」代表取締役・中西亮太氏が語る、社長としてではなく“現場のいち職人”としての組織構築

肥後橋の立ち飲み店「本格カレー&一品料理わすれな草」、梅田のカウンター居酒屋「酒場やまと」率いる、有限会社わすれな草の代表取締役・中西亮太氏。この2軒について同氏に取材を敢行し、2010年12月28、29日のヘッドラインにも掲載したが、インタビュー中には組織体系の話も飛び出した。実のところ、同グループの店舗数は2店舗ではなく全9店舗。それぞれ経営者を置いた独立店舗で、グループとしては個人経営者の集合体という。ここでは、あらためて滅多にメディアに登場しない同氏のプロフィールから、独自の「現場目線」に立った組織作りについて紹介したい。


――もともとは飲食ではなく、宅配便を扱う会社で働いていたそうですね。

そうなんです。神戸にある国際宅急便会社の会社員で、集配業務をしていたんですよ。20歳のとき阪神大震災が起こり、僕がよく行っていたレストランが震災の影響でスタッフが足りなくなったと聞いて。じゃあ僕が手伝おう!と思い立ったのが飲食業界に入ったキッカケですね。平日は会社員として働き、土日はアルバイトとして店の厨房に入るという生活を20歳から25歳まで続けました。苦労もありましたが、だんだん飲食の仕事が楽しくなってきて、結局こっちの道を選びました。

――それから、2000年に肥後橋に「わすれな草」をオープンされます。

独立したのは26歳のときでした。生まれ育った神戸での出店も考えましたが、やはり大阪のマーケットの大きさは魅力的でしたね。肥後橋や本町界隈は、集配業務の際によくまわってたエリアで土地勘があり、飲食店のニーズが高いことも感じていたので、いまの肥後橋の物件に決めました。
 

――立ち飲みというスタイルになったのは?

物件を見てからですね。立ち飲みは個人的にも好きなお店の形態でしたが、まさか自分がやるというのは考えていなかったんですよ。でも、肥後橋の物件が7坪と小さく、カウンターがあって入り口は3方面にあるという構造だったので、立ち飲みがぴったりだと思いました。とにかく、僕のなかではいい素材を使って、きちんと手の込んだ料理を安く出したいという思いが一番にありました。

――当時のメニューはどのようなものでしたか?

洋食出身ですから、はじめは気合を入れて、「フランス産真鴨のオーブン焼き レモンソース掛け」とかやっていたんですよ。でも全然ウケない(苦笑)。立ち飲み店だから、素材を活かしたシンプルな料理がいいと思ったからこそのメニューだったんですけどね。そこで発想を変えて、鴨をブラックペッパーで焼き、しょうゆと粒マスタードで食べるようしたら、今度はめっちゃ売れました。中高年のお客様には、レモンソースなどは“こそばゆい”のかもしれないと思い直しましたよ。それから独学で刺身や生レバーなどの扱いを身につけ、メニューの構成も変化して。ただ、ランチにカレーを出したり、夜の人気メニューにカレーリゾットなどがあるのは昔の経験からくるものです。
 

―― 一匹180円という破格の活け車海老は当初から?

そうです。オープンにあたり、売りになる看板メニューは絶対必要だと思っていましたから。車海老は中央市場で見つけて、素材としておもしろいなと思いました。仕入れ値は、「わすれな草」では配送コスト込み150円前後で、「酒場やまと」はおよそ100円。やまとには水槽を数台設置していますので、1日200匹の仕入れが可能となり、ほぼ完売する状態になっています。
 

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